ローマ人の物語

ちょうど第一巻を買って読み始めたのが2014年5月5日だったので、ちょうど1年間で全15巻を読み終えたことになる。この1年はKindle版が1ヶ月に1回のペースで刊行されていたので、それにそって読み進めていった。そういう意味では最終巻の第15巻は今月末に刊行予定なのだが、先月第14巻まで読んだあと、最終巻の刊行は待ちきれずに図書館で手に取って読んでしまった。


このとてつもなく長かった物語を読み進めていく時間は、この1年の日々の中でも格別に至福の時間だった。古代ローマ史に対する新しい視点はもちろん、キリスト教に対する新しい見方、共和制や元首政などの政体の位置づけ、ヨーロッパの地勢が各地域の歴史に与えた影響に関する知識など、いろいろな角度から楽しめた物語だった。


また、本書の中でもたびたび言及されている「どんなに悪い事例とされていることでも、それがはじめられたそもそものきっかけは立派なものであった」というユリウス・カエサルの言葉の通り、当初は良かれと思ってできた制度が後になって悪影響のほうが大きくなってしまう歴史の皮肉もところどころで出会うことができる。


ローマの興隆と衰亡の原因


ローマ帝国がここまで勢力を拡大でき、かつ平和を長期間の間維持できた原因は、主に次の2つが挙げられる。


同化政策と寛容の精神


基本的には戦争は他国を打ち負かして支配することであり、結果として勝者は敗者を虐げたり、収奪したり、文化を否定したりといったことになりがちだが、ローマは一貫して支配される側に対して寛容であり、特に初期の頃は同化を推し進め、それ以降も寛容の精神でローマ式の文化を法制度を広めつつもそれぞれの地域の文化やそれまでのやり方は守るという支配の仕方で勢力を拡大していった。


水道や道路などのインフラストラクチャの重視、軍事的には兵站に長けていたこと


ローマ帝国のインフラを取り上げるだけでまるまる1巻が割かれていることからも分かる通り、インフラストラクチャを徹底して作り上げ、かつ維持にも尽力したことが、平和の維持(軍隊が早く到達できるため全体で保有する兵力を少なくできる)、兵站(補給物資が確実に届く)、通商(通行の利便性と安全が担保されていることにより栄える)などに決定的に良い影響を及ぼした。


逆に衰亡の原因としては次の2点が大きい。



ローマ市民権を全ての人に与えてしまったことによる税制度の崩壊


3世紀初めにカラカラ帝によって布告されたアントニヌス勅令により、全ての自由民がローマ市民権を自動的に与えられた。これにより属州税が無くなってしまい税制度が崩壊したほか、誇りのあるローマ市民権というものの位置づけを壊してしまい、皮肉にも逆に階級意識を助長してしまったりと裏目に出た。


官僚キャリアと軍人キャリアを完全に分離させてしまったことによる、防衛力の低下


3世紀の軍人皇帝の1人であるガリエヌスにより、元老院や官吏などの文民キャリアと、兵士としての軍人キャリアが分離された。それまでのローマは軍務を経験した者がローマに戻って政治も行うという形が一般的だった。これにより両者のキャリアは完全に分断されたものとなり、強力な歩兵軍団というローマの屋台骨が崩れるとともに、騎兵主体の軍隊編成となる。ただしこれは蛮族の侵入に伴って歩兵主体ではゲリラ戦に対応できないのでやむを得なかったという側面はあると思う。


キリスト教史観は持っていない筆者による、新しい歴史の見方


キリスト教が成立したのが1世紀、それから313年にミラノ勅令によってキリスト教が公認され、さらには392年にテオドシウスによってキリスト教が国教化されたことにより、ローマ帝国は明らかに変質した。


筆者は日本人であり、特定の信教については言及していないが多神教論者であり、一神教であるキリスト教がローマ帝国に与えた影響に対して(暗黙的であるにせよ)批判的だ。そもそも1つの教義、ただ1つの神の存在しか許さないのではローマのもともと持っていた多文化を許容する寛容の精神に反するし、帝位が神から与えられたという発想が進むことによって専制君主化も進んだ。


ただその一方で3世紀の不安定な社会の中でキリスト教会が民衆の心身ともの救済に果たした役割も確かにあり、一概に否定できるものでもない。その後まもなくイスラム教によって西アジアが席巻されたことからも、一神教主体の政体のほうが強く、生き残るための手段でもあったのかもしれない。


ハイライト


ほとんどをKindle版で読んだので、ハイライトした箇所が多く残っているのでメモしておきたい。


> アテネでは、貧しいことは恥ではない。だが、貧しさから脱出しようと努めないことは恥とされる。(第一巻)


ローマ史ではないが、ギリシャのペリクレスの言葉。


> 「...いつかはわがローマも、これと同じときを迎えるであるという哀感なのだ」(第二巻)


カルタゴを滅ぼして街を焼きつくしたときにスキピオの言った言葉。


> 何ものにもましてわたしが自分自身に課しているのは、自らの考えに対して忠実に生きることである。だから、他の人もそうあって当然と思っている(第四巻)


ユリウス・カエサルがキケロにあてた手紙の中の言葉。


> 同情とは、現に目の前にある結果に対しての精神的反応であって、その結果を産んだ要因にまでは心が向かない。これに対して寛容は、それを産んだ要因にまで心を向けての精神的対応であるところから、知性とも完璧に共存できるのである(第七巻)


ネロの家庭教師をしていたセネカの言葉。


> 民主制を守るために全員平等を貫くしかなかったギリシアの都市国家アテネが、意外にも、他の都市国家出身者に対しては閉鎖的であったという事実。そして、共和制時代には元老院主導という形での寡頭政、帝政時代に入ると君主制に変わるローマのほうが、格段に開放社会であったという事実は、現代でもなお一考に値すると確信する。(第八巻)


人材登用にかんするローマのやり方を述べた箇所で、筆者が力強く述べた一文。


>水も、世界中では多くの人々が、いまだに充分に与えられていないのが現状だ。

> 経済的に余裕がないからか。

> インフラ整備を不可欠だと思う、考え方が欠けているからだろうか。

> それとも、それを実行するための、強い政治的意思が欠けているからか。

> それともそれとも、「平和(パクス)」の存続が保証されないからであろうか。(第十巻)


ローマ帝国では水道が完備されていたことを伸べたあとで、これほどまでに文明が進化したであろう現代で、いまだに水さえ不十分な地域があるのはなぜなのかを反語的に述べた筆者の主張。

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